映画・映像を通して被爆体験の継承を目的とした映画祭の紹介


by 被爆者の声をうけつぐ映画祭

2007年2月 被爆者の声をうけつぐ映画祭の呼びかけ


被爆者の声を受けつぐ映画祭は、2006年に準備が始まり2007年にスタートしました。
当時の資料を画像で紹介します。お読みにくい場合は、下段のテキスト文章をお読みください。
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「被爆者の声をうけつぐ映画祭~被爆者は預言者、人類の宝~」を

成功させるためのよびかけ

日本の被爆者が、「原爆被害はわたしたちを最後に」と声を上げ、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)を結成してから51年を迎えました。被爆者の掲げた“核兵器廃絶”の声は、日本のみならず世界の平和運動をリードし、これまで核兵器使用の機会を阻んできました。原爆のもたらした病や貧困や差別に苦しみつつ、人間としての尊厳を貫き、核兵器の使用を拒み平和を希求する被爆者の姿は、平和を願う世界中の人々に大きな勇気と希望を与え続けてきました。

 日本においても“核武装論”が公然と論じられるようになり、核兵器の恐ろしさと被爆体験を語り継ぐ課題はますます重要性を増してきています。

 現在(2006年)、日本の被爆者は26万人。その平均年齢は73歳。被爆者たちの証言活動は、困難な時代を迎えています。しかしながら、若い世代が中心となった「被爆者の上げた声を受けつぐプロジェクト50」(0610.15集会)などの、新しい反核平和の運動が始まりました。その運動の中から、「これまで作られた原爆映画を見てみたい」「原爆関連の映画会ができないものか」との声が上がりました。

 これまで日本の映画(映像)人が作った原爆被爆関連映画は、私たちの調査によれば『原爆の子』『生きものの記録』『黒い雨』などの長編映画、『にんげんをかえせ』『広島長崎における原子爆弾の影響』『生きていてよかった』などのドキュメント、『ピカドン』『おこりじぞう』などのアニメーション、その数、150本を超えます。その多くが被爆者の貴重な証言をモチーフとした作品で、製作資金面でも完成後の上映鑑賞運動でも、被爆者を中心とした反核平和を希求する人々に支えられてきました。

 完成した作品は、被爆者に代わって世代を越え、言葉や国境を越えて被爆体験を伝承する映像作品として活用され、日本映画の中で、あるいは平和教育の中で格別な地位を占めています。日本の映画人たちが経済的に困難なジャンルであるにも関わらず、被爆者とともにこうした作品を製作し普及し続けてきたことは、被爆者の活動と共に記憶され、継承される輝きと価値を持っています。

 私たちは若い世代からの「原爆関連の映画を見たい」との提案を心から歓迎し、映画祭の開催を決意しました。映画祭の名称を「被爆者の声をうけつぐ映画祭~被爆者は預言者、人類の宝」とします。開催時期は、2007年の6月(会場は明治大学)の8日間前後。上映作品は、『原爆の子』『おこりじぞう』など、19作品となる見通しです。

 この映画祭を成功させるために、みな様のご賛同、ご協力をよろしくお願いいたします。

2007年 2月28

よびかけ人

アーサー・ビナード(詩人)

池田 眞規(日本反核法律家協会会長)

石子 順(映画評論家)

井上ひさし(作家)

大沢 豊(映画監督)

新藤 兼人(映画監督)

橘 祐典(映画監督)

田中 熙巳(日本原水爆被害者団体協議会事務局長)

土山 秀夫(元長崎大学長)

肥田舜太郎(広島・被爆医師)

船水 牧夫(牧師 東京宗教者平和の会代表)

三木 睦子(軍縮平和研究所名誉顧問)

山田 和夫(映画評論家)





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by eigasai2008 | 2018-04-30 14:48 | 映画祭の始まり